ヒロシマに一番電車が走った

第2次世界大戦末期、広島の路面電車は、召集された男たちに代わって10代の少女たちが運転していた。15歳の春川弥生は、朝の車掌業務に就く際に原爆に被爆し、母や大勢の仲間を失う。しかし、被爆からわずか3日後、弥生は再び電車を走らせる。廃墟となった広島から、前に進むために。