算法少女

安永4年(西暦1775年)、浅草寺に友達と参詣に出かけたあきは、算額を掲げる一団に出遭う。掲額しようとしていたのは、旗本の子弟水野三之助であった。三之助は日頃から、関流宗統の藤田貞資の直弟子であることを鼻にかけていた。あきはついその算額の誤りを指摘してしまい、三之助の怒りを買う。